第0章 始まりは、破壊と光
暖かな蒼い光の溢れる場所。そこは、星の中心部だった。
「これが5つ目のクリスタル」
光の源、クリスタルの近くに二人の男が立っていた。
一人は長いシッポの目立つ、金髪で青い瞳の男だった。もう一人は黒いマントに身を包んだ、若い男だった。その男が浮かべる笑みは、獲物を見つけた肉食獣のような印象を見る者に与えていた。
「そうか、もう5つ目か。早いもんだな」
「いえいえ、それはあなたのおかげですよ、ジタン・トライバルさん」
ジタンと呼ばれた金髪の男は、顔をしかめ、苦々しそうに言う。
「その名前でもう呼ばないでくれ。吐き気がする」
「そうですか?」
「あんな平和呆けした奴らと同じ名前なんて、ぞっとするね」
大仰に肩をすくめ、ジタンは言った。
「私はそれがあっていると思うのですが…………。いいでしょう、あなたが嫌というのなら私もその名で呼ぶのを止めます。では、新しい名前を」
男に言われたので、ジタンは少し考え、
「そうだな。…………ディーゴ・ディスタンス、とか」
「面白いですね、あなたのその思考は。一度あなたの目から世界を見てみたいものです」
「冗談キツイぜ」
二人はしばらくそんなことを言い合いながら、クリスタルのすぐ前まで行く。
「さ、終わらせるとするか。5つ目のガイアを」
ジタン――――いや、ディーゴが取り出したのは、自分のお守り代わりであり、古くから愛用している武器、ダガーだった。
「あばよ」
ダガーをクリスタルに突き刺し一気に壊す。クリスタルは、音を立てて粉々に砕け散った。
「終わったぜ」
「では次へと行きましょうか。…………次は、ジタン・トライバルとその仲間がガイアの敵、クジャと永遠の闇を倒して救った世界です。そのジタンたちは”霧の英雄”と呼ばれていますね」
ディーゴは驚いたように眼を見開き、
「ウソ、あのクジャが?」
「ええ、そうです。…………もっとも、私達も彼らの敵ですから、同じ運命をたどるかもしれませんが」
そんな男の言葉を否定するディーゴ。
「何言ってんだよ、オレがむこうにもいるんだろ? だったら、お見通しってヤツだ」
「そうでしたね」
男は頷き、ディーゴとともにそこを去ろうとする。ふと気になり、後ろを振り返ると、クリスタルの欠片がひとつ、浮かんでいた。
「!」
男がそれを見るのと同時に、クリスタルの廻りにぼんやりと人の輪郭ができ、クリスタルとともに消えた。
「ひとつ取り逃がしました! あのクリスタルはまだ生命の循環を…………輝きを持っています!」
「何だって?」
ディーゴは半信半疑で疑問を投げかけた。しかし男はそれに答えず、自らの思考に没入した。
「早く追わねば…………。そうだ、ここに『いた』モンスターを使おう」
そうつぶやくと、男は低く呪文を呟き、この世界に存在していたモンスターを呼びだした。
「そんなこともできるのか………………」
半ば呆れながらディーゴは言った。
「追え」
それだけ命令すると、男はきびすを返した。
「おい、オレたちは追わないのか?」
「ああ。きっとクリスタルが行ったのは私達がこれから行くところだから。追わなくても逢えるさ」
そう言って、男はディーゴを連れてそこから去った。
星の運命を賭けた戦いから5年――――。みんなはそれぞれの生活を送っていた。
そんなある日のこと。
「なあ、久しぶりにみんなで集まらないか?」
ジタンの一言で、あの時のメンバーが揃うことになった。
その後の運命に気づかずに。
「久しぶりね、みんなが集まるのは」
ここは黒魔道士の村。今ここには、霧の英雄が集まっていた。
「そうだな、オレが帰ってきたとき以来だもんな」
そんな他愛もない昔話に花を咲かせていると、突然黒魔道士の一人が走ってきた。ジェノムも一緒だ。
「大変だ! 西の森に緑の光が!」
「緑の光?」
7人とも首を傾げる。そんな光は聞いたこともないし、見たこともない。
とにかくその光を確かめるべく、7人は走り出した。
「………………ぅ」
黒魔道士の村から見て、西の方角にある森。そこで、一人の少年がうずくまっていた。全身に緑色の光を纏っている。いや、放電しているのか。
緑色の放電現象をのぞけば、至って普通そうな少年だった。
何度も立ち上がろうとして、そのたびに失敗し、地面に倒れ込む。そんな少年に、声が掛けられた。
「大丈夫か?」
手を差し伸べるジタン。少年はジタンの姿を見て、顔色を変えた。
「僕に関わらないで逃げて!」
一瞬、何を言われたか理解できなかったジタン。仲間が来た頃に、変化は起こった。
少年の後ろの空間がぐにゃり、と歪んだ。その空間から、緑の光が溢れ出す。そして、中からオチューが現れた。
「なんだ、コイツか。楽勝じゃん♪」
そう言ってジタンはアルテマウエポンで斬りかかる。が、オチューは軽く動いただけでかわしてしまった。
「ウソだろ?」
そこにエーコのホーリーがあたる。
「やった!」
喜ぶエーコ。だが、そのオチューはピンピンしていた。
「無理だ、倒せっこない! そいつはとてつもなく強いんだ!」
少年は叫んだ。だが、そんなことを聞いている暇はない。それに、もう手遅れだ。逃げだそうにも、すぐに捕まるだろう。
そんな少年にオチューの右触手が振り下ろされた。
「?」
辺境の村、ダリ。そこにある宿屋の前で、一人の女性が立っていた。
歳は20くらい。長い銀髪の下から、燃えるような紅い瞳が見え、右耳にだけ、青い石が下がったイヤリングを付けていた
「なんだろ、今、何かが割れる音がしたような…………」
女性は、腰にさげた自分の武器を確認し、宿屋の前を離れた。
そして眼を閉じ、意識を集中させる。女性には能力があった。周りに自分の意識を広げることで状況を知ることができるのだ。
薄く、均一に意識を広げる。どんどん距離を広げ、音の源を探る。
霧の大陸から出て、外側の大陸に意識が渡ったときだった。先ほどの何かが割れる音がはっきりと聞こえ、確信した。
「やっぱり何かがあったんだ」
女性は身を翻し、急いで自分の飛空挺に向かった。
扉を開け中へと入り、指示を出す。
「向かうは外側の大陸! 進路変更、発進」
「マスター、高度はどうしますか?」
乗組員――といっても一人しかいないが――が女性に聞いた。
「その時々、高度を変えろ」
「了解」
見慣れない計器を操る乗組員。その操作で、音もなく浮き上がる飛空挺。
「ボクの勘違いだといいのだが」
女性は小さく呟くと、座席に背を預けた。
ゆっくりと浮上を続ける飛空挺。その進路が外側の大陸に定まったとき、浮上を止め、静かに進み出した。
しばらくして、飛空挺の真下に森が見えた。ジタンたちがいる森だ。
「ここだ。…………ボクが降りたらコンデヤ・パタ前で待機!」
そう言うと、扉を開けて飛び降りた。
「行ってらっしゃい、マスター」
乗組員が呟き、コンデヤ・パタへと進路を向けた。
「うわぁぁっ!」
少年は悲鳴を上げ、目をつぶった。殺られる。その文字がしばらく頭の中を行き来していた。しかし、いつまでたっても痛みはなかった。
「………………あれ?」
おかしいと思って開いた目に映ったのは、オチューの上にのっかっている人だった。
「ふーん。ボクを受け止めるなんて、やるじゃん」
銀髪の女性はそう言うと、オチューの上から降りた。手にはいつの間にか円月刀が握られていた。
「手加減は…………無しだね」
にやりと笑い、女性はジタンたちの方をむく。
「何だキミたち。もうへばってんの? 情けないねえ。いつもと勝手が違うからって、そんなんじゃ、“霧の英雄”の名が泣くね」
そこに、オチューの触手が。女性はそれを軽やかなステップでかわし、オチューの前に出る。
「ボクが引きつける。その間に倒してくれ」
近くにいた、比較的疲労の少ないサラマンダーに言うと、オチューの目の前を動き始めた。
「………………簡単に言ってくれるな」
オチューの目はもう女性しか見ていなかった。囮は上出来だ。だが、致命傷を負わせられなければ、それはすなわち、危険とつながる。
攻撃した者はもちろん、囮まで深刻なダメージを受けかねない。以前のサラマンダーならすぐに攻撃を仕掛けただろう。だが今の彼は、迷っていた。
無関係な人間を傷つけてもいいのだろうかと。そんな心の内を読み取ったように、女性が口を開く。
「何を迷っている、ボクのことは気にするな。今はモンスターを倒すことが優先だろ」
「………………フン。どうなっても知らんぞ」
サラマンダーは自身の武器でオチューを切り裂いた。オチューが苦悶の声を上げる。致命傷には至らなかったらしい。
「………………やはりな」
サラマンダーは自分の武器を見る。手応えは、あった。あったのだが、何かが違った。
「気を抜くな、サラマンダー! 前を見ろ!」
ジタンの声に前を向くと、オチューの怒り狂った触手が目の前にまで迫っていた。
「死の運命に捕らわれし者よ。汝のその運命を受け入れよ」
女性の声とともに、オチューの体が半分に裂けた。触手は、サラマンダーにあたる直前に消えた。
「ありがとう、キミのおかげだ、オチューを倒せたのは。囮、ありがとう」
なんと、女性は自分とサラマンダー、両方を囮にしていたのだ。目の前を動き回り、引きつける囮と、攻撃をし、怒り狂わせて防御をできなくさせるための囮。
「凄いな………………」
みんなが絶句していると、女性がいった。
「ボクの飛空挺に行こう。そこで手当をした方が楽だ。ハイポーションが沢山あるから」
ジタンはみんなを見回す。相当疲れているようだ。ここはこの申し出に乗っておこう。
「ああ、そうさせてもらうよ」
飛空挺の中で、ジタンたちはそれぞれに過ごしていた。
「どうだい、みんな。少しはよくなったかい?」
「ああ、サンキュ。所で、きみの名前は?」
「ボクかい? ボクはルーネ・ジェラス」
ルーネと名乗った女性は、みんなの様子を見る。だいぶよくなっているらしい。
「しかし、この飛空挺はどうなっているのだ? さっぱりわからん仕掛けばかりだが」
スタイナーがそう言いながら機械を見ている。
と、ひとり端の方にいる少年。
「どうしたんだ、どこか痛む?」
心配そうに聞くルーネ。少年は顔を上げ、みんなに聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
「………………ごめんね。僕、ここに来るべきじゃなかった。だって『平行宇宙は決して交わってはいけない』んだもの」
その言葉に、一瞬ルーネの顔色が変わった。他の者は気づかなかったようだが、サラマンダーは見逃さなかった。
「なに? その”ぱられるわーるど”って」
エーコの言葉に応えようとせず、少年はまた顔を伏せてしまった。
みんなの注目が少年に集まっていたので、ルーネはその場から抜け出すことに成功した。ただ一人をのぞいて。
「『決して交わらない。交わってはいけない』…………か。現にこうして交わっちゃったもんな。運命が交差しちゃった」
ルーネが呟き、空を見上げる。空にはたくさんの星。月はちょうど重なりかけていた。
「…………あのさ、ばれてるんだけど」
その言葉は、後ろにいる者にかけられた。
「気づいていたのか」
「あったり前。ボクから気配が隠しきれるなんて、思わないことだね」
くすくす笑いながらルーネが振り向く。
後ろにいたのはサラマンダーだった。彼は無愛想にそこに立っているだけだった。
「あれぇ? 普通さ、『隣に行ってもいいか?』とか言わないかな」
「………………それはヤツだけだ」
「あ、そう? 役割が決まってるのか。ナンパ担当、ナンパ担当を止める担当、かわいい担当、無愛想担当、料理担当、凛々しい担当、忠実担当」
「俺は無愛想担当か?」
「そうだよ」
ルーネはサラマンダーの隣に歩いていく。
「寒いし、みんなのとこに行こっか」
そして二人は中に入った。