だから、手紙を書くことに、しました。
あなたに会ったのは真冬の寒さの中でした。雪が辺り一面を真白に染め上げ、冬特有の凍てついた大気に晒された肌を赤く染め、それでもじっと来ない待ち人を待ち続ける私に、あなたは優しい声を掛けてくれましたね。
とても嬉しかったのです。あなたに声を掛けてもらえて。
本当はあの時、待ち人はきっと来ないのだろうと思っていました。思っていても、それでも待ち続けたのは単なる私の意地です。引っ込みが付かなくなっていたとも言います。
だって、待ち人が約束をすっぽかし、あまつさえ別の人間の所に行っているなんてこと、普通なら認めたくないでしょう?
だからあなたに声を掛けて貰ったときは、踏ん切りを付けるいい切っ掛けになりました。待ち続けることにも、私の気持ちにも。
あなたは私を暖かい喫茶店へと誘ってくれましたね。あの時は「ナンパですか?」なんて失礼なことを言ってごめんなさい。寒空の下で凍える私を見かねて誘ってくれたのに。
誘ってくれた喫茶店の店内はとても優しい装飾で、凄く凄く落ち着けました。あそこで飲んだホットココア、とても美味しかったです。
そんな店内であなたは優しく私の愚痴を聞いてくれましたね。
どうしてあそこにいたのか、何時間いたのか、相手は誰か、どうしてそうなってしまったのか。長々とした要領の得ない話を、それも赤の他人である私の話を辛抱強く聞いてくださって、あの時は本当に救われました。気持ちの捌け口を求めていたこと、きっとあなたにはお見通しだったんでしょうね。
多分、その時にはもう、あなたのことを好きになりかけていたのだと思います。
節操無しだと思うでしょう。けれどその時の「好き」は恋でも愛でもなく、友達や家族に感じる「好き」だったのです。
信じられないかも、知れませんね。
あなたと別れ、私はその足で待ち人の所を訪ねました。もちろん、別れを言いに。
案の定、待ち人は別の人間と一緒にいました。腹は立ちましたが、あなたに愚痴を零したお陰でしょうか、頭はかなり冷静になっていて、待ち人を叩くという愚行を侵さずに済みました。
二度目に会ったとき。あれは偶然ではなかったのです。
あなたに一言でもお礼が言いたくて、けれど手がかりは全くなくて、途方に暮れながらもあの時会ったあの場所で、私はあなたを捜していたのです。
結局、この時も声を掛けてくれたのはあなたの方でしたね。
私のお礼をあなたは「当然のことをしたまで」と言って笑っていましたが、あれは誰にでも出来ることではないと私は今でも思っています。
だって、あの日私に声を掛けてくれたのはあなただけだったのですから。
その日あなたの名前を聞いて、電話番号やメールアドレスを交換して、「また何かあったら連絡してください」なんて。そう言ったあなたはなんて優しい人だったのでしょうか。
気軽に相談できる友人を持ったことのなかった私にとって、あなたは初めての親友でした。
けれど、何度もあなたと連絡を取るにつれて、親友への「好き」が何時しか愛だの恋だのの「好き」に変わってしまったときは愕然としました。
もう恋なんてするものか、と思っていた矢先の出来事と言っても過言ではありません。
かなり悩みました。当然あなたに相談することも出来ず、余計な心配を掛けてしまいましたね。それでも、私だけの力で何とかしなければいけない問題だったのです。
そして今、結論が出ました。
だから、私はこうして、手紙を書いています。
大好きです。
私の気持ちに答えて貰おうだなんてこと、思っていません。
ただただ、この気持ちを伝えたかっただけなのです。
伝えずに後悔するならば、伝えて後悔する方がいいと思ったのです。
これまでの関係を崩したくはありませんでした。崩したくはありませんでしたが、この気持ちを押し殺して隣で笑えるほど、私は器用ではありません。
押し殺した所為でおかしな態度を取り、あなたに変な誤解を与えてしまうなら、こうして自分の気持ちをさらけ出してしまおうと考えたのです。
もう一度書きます。
大好きです。
だから、手紙を書くことに、しました。
「古い手紙ね」
物置にあった年代物の机。その中を漁って取り出したその手紙にはつらつらと恋心が書かれていた。所謂ラブレターである。
読んでいる方が気恥ずかしくなるようなその内容に軽く溜息を吐くと、それを持って私は家の中、母の下へと行く。
「母さん、こんなのあったけど」
「あら、懐かしいわねぇ。お父さんのラブレター」
「っ、父さんの!?」
にこり、と曲者な笑顔を浮かべて母はラブレターを私の手の中から奪い取った。
「当時はね、まるっきり性別が逆転して見えたものよ。私が男で、お父さんが女で」
当時を思い出す母の顔は穏やかで、ラブレターなんていう過去の遺産も役立つのだなぁ、等と思う。
今はもういない父との穏やかな過去を振り返る母を邪魔することは出来ず、私は軽く肩を竦めてその場を去った。
それにしても。
「父さんがあんな乙女チックなラブレターを書いていたとは」
全くもって、人は性別に寄らないものだ。