シドルモーラスレント・ラグリエ・ヴェクラーハーマスと名乗る道化師がこの街にやってきたのは、雪がちらつく頃だった。
 長い名前の道化師は、初めて僕達の前に姿を現したときにこう名乗った。

「わたくしの名前はシドルモーラスレント・ラグリエ・ヴェクラーハーマス。長いし可愛くないし面倒なのでラグリエと呼ばれております。道化としてあの街この街何処の街、世界中を旅しているのでございます」

 だからここではラグリエと言っておこう。
 ラグリエと名乗ったその道化師はとても……普通じゃなかった。
 道化師クラウンと名乗った割に、よく見掛けるピエロの格好をしていなかった。
 白いだぼっとしたタートルネックのカットソー、同じく白いブーツカットのジーンズ。白いコートは前を留めずに羽織っているだけ。白いウェスタンブーツで足元を固めたラグリエの顔には、道化師のメイクも無い。
 だから最初は本当に道化師か疑ってしまった。
 けれどラグリエはそんな僕達の前で何かに腰掛けるように空気に腰掛けて見せた。いわゆるパントマイム。
 そのまま片足をもう片方の上に乗せるようにして足を組んでみせる。
 つまり片足で全体重を支えているのだ。バランスだって取るのが難しい。
 僕にはそれがまるで、魔法を使っているように見えた。

「何かトリックがあるに違いない」
「道化師だしねぇ。でも楽しいからいいんじゃない?」
「それもそうだな」

 大人達は口々にそう言ってただの芸としてラグリエのパントマイムを楽しもうとする。
 僕はちょっとそれに不機嫌になりながらも、次に何をやるんだろうとラグリエの動きを目で追った。
 どさり、と置かれた袋からラグリエが幾つかのボールを取り出す。
 そのボールをよっ、と掛け声を掛けて投げる。そして取り出したボール全てを使ってお手玉を始めた。

「お手玉?」
「あれはジャグリングって言うんだよ」

 側にいた大人が親切に教えてくれる。
 何でも、ジャグリングはボールだけでなく刃の付いていない剣を使ったり、炎の付いた松明でやったりするなど色々種類があるらしい。
 炎の松明や剣は危ないと思うけれど、よくあんな数のボールをお手玉出来るなぁ、とは思う。
 ラグリエの手が投げ上げているボールは全部で七つ。僕は二つでもやっとだ。三つなんて無理なのに、ラグリエは七つ。
 道化師ってみんなこうなのだろうか。僕のような子供から見れば魔法みたいなことをやってのける。
 指先で、身体で、言葉で、魔法を創り出していく。
 僕は目を離せず、ずっとその場でラグリエの芸が終わるまで見続けていた。




















「…………ん、何か用かな?」

 使った道具を袋に仕舞っていたラグリエが僕に気付く。
 小首を傾げて聞く様子はあどけなさという奴が残っていて、僕と年があまり変わらないんじゃないかと思ってしまう。

「え、っと。先刻の奴、凄かったから」
「あ、もしかして褒めに来てくれた? ありがとう」

 にっこりと屈託なく笑うその笑顔はやっぱり何処か幼くて。
 僕はふと聞いてみたくなった。

「あの、ラグリエさん?」
「ん、なんだい?」
「…………何歳なんですか?」
「女性に年を聞くのは失礼だろう」

 女性だった。
 確かに髪が長いから女性と言われても違和感はない。でも何となく少年のような感じがしたのだけれど。
 それは僕がラグリエに対して勝手に持っていた親近感の所為だったのだろうか。

「ま、いいや」

 けろりとした様子と言うよりも、歳に対してあまり頓着していないのか簡単に答えてくれた。

「確か17だったかな」
「確か?」
「うん、あんまり数えないんだよねー、面倒じゃん。いちいち祝うのも」

 歳に対して、と言うより誕生日に対して頓着してないのかもしれない。
 がさがさと道具を仕舞っていたラグリエがふと立ち上がる。

「キミ、ここの人間だよね?」
「一応」
「じゃあさ、この街を案内してくれない?」
「えっ?」
「ダメかなぁ。だってさ、現地人がいた方が楽に回れるでしょ?」

 ただの観光客みたいなノリでラグリエは提案する。
 僕としても断る理由はないし、ラグリエという人物に興味が湧いてきたことも事実で。

「うん、解った」

 と、あっさり引き受けてしまった。




















「ねぇ、甘味処以外で行きたいところ、ないの?」

 これは僕の言葉である。
 案内を買って出た僕はラグリエに言われるまま、甘味処を案内して回っている。
 確かに女性だと言うことは聞いた。女性が甘いものが好きなことはわかっている。けれど、観光客のように辺りをきょろきょろ見回しながらも甘味処だけを僕に尋ね続けるラグリエはとても変わっている。
 普通はお土産とかを買うものだし、観光名所にも行きたいものだし、宿の確保だって必要な筈だ。
 それなのに、甘味処だけ、って。

「ん〜、そうなんだけどねぇ。…………甘味処以外に行きたいと思うような場所がないんだよね」

 この街には大きな観光名所となる場所がないのは確かだ。
 それでも観光客は小さな名所を訪れる。

「それに長居をするつもりはないから今のうちに甘味処コンプリートしようかと」

 全部回るつもりですか、今日中に。
 呆れながらその横顔を見上げていると、ふにゃ、とした笑顔を向けられる。

「探さなきゃいけないんだよねぇ、ある場所を」
「ある場所?」
「そう、運命の交わるところ」

 一瞬、とても真剣な顔をされる。
 道化師と言うよりも真っ直ぐな信念を持った侍のような。

「それは何処にあるの?」
「さぁ……。でもこれだけは解るよ。彼女から始まる」
「彼女って?」
「……………………リゼル・アーロン」

 それは指名手配犯の名前だった。
 何をしたのかは解らない。どうして指名手配されてるのかは公表されていない。もしくはこの街まで届いていない。
 でも僕はその名前より、どうしてラグリエがその名前を持つヒトを追うのかが不思議だった。
 運命の交わるところ、それがそんなに重要なのか聞きたかった。
 けれど僕は結局聞けないのだった。
 大人の事情に立ち入ってはいけない。そう昔から言われていたから。
 ラグリエが大人に入るのかは解らないけれど、何となくそうなんじゃないかと思った。
 だから何も言わず、僕は甘味処の案内を続けた。




















 道化師が街を去ったのはそれから三日経った頃だった。
 最後の公演を終えると、道具を手早く仕舞って後ろを振り返らなかった。
 嵐のようなヒトだと思った。やっぱり道化師というのは何処かおかしいのだろうか。
 けれど、楽しかったからよしとしよう。
 僕は心にそう決めた。






後書き
難しすぎました(撃沈)
「ラグリエ」を出したはいいけれどどう話に持っていこうかと悩んだ挙げ句こんな話に。
とりあえずこんな駄作でも貰ってくれたら嬉しいです。

この作品は三谷羅菜様のみお持ち帰り可能です。