誰か、嘘だと言ってください。















 放課後、いつも私と恭哉君は一緒に帰っている。
 恋人と言ってもまだあまりそれらしいことはしたことがなくて、でも二人とも帰宅部だったから一緒に帰ることだけは約束していて。
 だから今日も、私は恭哉君と帰ろうと帰り支度をしていた。

「おーい、鈴村ー」
「あ、はい」

 教室の入口から先生の声が聞こえて返事を返す。
 近寄って何の用かと問えば、放課後少しプリント整理を手伝って欲しいと言われた。
 断る理由になるほど早く帰らないといけない訳じゃあないし、仕方ない。
 先生に頷いて、私は隣のクラスの恭哉君の所まで行った。

「あ、玲奈」

 優しい笑顔を浮かべてくれる恭哉君に笑顔を返して私は用件を告げる。

「あの、恭哉君。私、先生に手伝いを頼まれたので、今日は先に帰っていてくれませんか?」
「……どれぐらい掛かるの?」
「そんなに時間は掛からないと思います。プリント整理だけだから」
「そっか。じゃあ待ってるよ」

 にっこりと笑ってそう言ってくれた恭哉君。
 本当に恭哉君は優しい。ちょっとだけ、待っててくれないかな、って思っていた私の心、解ったようにそう言ってくれた。
 多分、私の顔に出ていたんだろうけれど。
 嬉しくなって、教務室への道すがらスキップしたくなってしまった。
 甘えるのって苦手だけど、こんな風に嬉しくなることがあるなら、たまに頑張って甘えてみようかな。
 この前の礼子ちゃんとの会話を思い出しながらそう思う。
 教務室について私を待っていたのは、頑張れば何とか短時間で終わるかな、と言うぐらいの量のプリント。

「これをクラス別に分けて名簿順にしてくれないか? 先刻生徒がばらまいてしまってな」
「……は、はい」

 三クラス分のプリントらしい。道理で量が多いと思った。
 少し目眩がしそうだな、と思いながら私はプリント整理に取りかかり始めた。
 まずとりあえずクラス別に分けていく。
 それからそれぞれを名簿順にしていって。
 終わったときには始めてから一時間が経っていた。

「ああ、終わったか。助かったよ、鈴村」
「いえ。それじゃあ私はこれで」
「気をつけて帰れよ」

 失礼します、とお辞儀をして教室に急ぐ。
 自教室で鞄を持って、恭哉君が待っているだろう隣のクラスへ足を進めた。
 隣のクラスの閉まっていた扉に手を掛けようとした瞬間、





「…………ねぇ、遊びなんでしょ」





 女の人の、声が聞こえた。
 思わず手も足も止まる。ついでに、思考も。

「あんな子と付き合うなんて、遊びに決まってるわよねぇ?」
「……何が言いたいの」

 恭哉君の声が、女の人の声に答えた。
 女の人は多分、一学年上か同い年か。ただ、大人っぽい雰囲気がある。

「だって、あの子以外にも沢山女の子はいるじゃない。でもあの子を選んだ」

 それって、夢を見させてあげるためでしょう?
 女の人の言葉が、毒のように私の身体に染み込んでいく。
 恭哉君は何も言わない。否定も肯定もしない。
 けれど、沈黙は肯定と同じなのだ。





「…………だったらどうなの」





 恭哉君の声が、言葉を紡いだ。
 肯定、の。

「だったら可哀想よ。……ねぇ、今から私に乗り換えない? 私だったらあの子も納得してくれるわ」

 これ以上、聞いていられなかった。
 そっと手を戻し、足音を立てないように恭哉君のクラスから離れる。
 一クラス分離れたところで、私は全速力で走り出す。
 鞄の中身がぐちゃぐちゃになるのも、髪がぐしゃぐしゃになるのも構わず、下駄箱に急ぐ。
 下駄箱から靴を乱暴に取り出し、なかなか脱げなくてもどかしい思いをする上履きを逆に下駄箱に突っ込んで。
 引っかけるように靴を履くと部活動が行われている校庭の端を、邪魔にならないよう息を切らせながら走った。















 来るべき時が、来てしまったような気が、した。






後書き
甘ーい話が書きたくて書いた話その4。
ちなみに続きます。短くてごめんなさい。
でもまあ短編ですし!(開き直ったなこいつ)