切っ掛けは、多分ほんの些細なこと。
 僕自身でさえ、まさかそれが切っ掛けだったなんて、今も信じられない。
 でも、あの時から君を目で追っていたんだ。










 教室の窓からぼんやりと校庭を見ていたときのこと。
 別に何があるわけでもない。何もないからこそぼんやりと見ていられるのだけれど。
 何かあったらそれに集中してしまうから。
 ふと、視界に入った黒を何となく目で追った。
 長い黒髪を靡かせた少女が校庭を歩いている。

「そう言えばもう放課後だっけ」

 くぁ、と欠伸をしながら見ていると、少女は野球部が球拾いをしているところに通りかかった。
 危ないし関係ないのだから避けて通れば済むものを、何を思ったのか一緒になって球拾いを始める。
 物好きだな、と思った。
 けれどよく見れば、実際にちゃんと球を拾っているのは彼女と一人の野球部員のみで、他の部員はサボって談笑している。
 怪しまれないように、一応しゃがみ込みながらも。
 恐らくあの黒髪の少女はたった一人で球拾いをする野球部員を見るに見かねて手伝っているのだろう。

「お人好し」

 今度は声に出して呟いた。
 けれど見て見ぬ振りをする輩よりは好感を持てるな、とも思う。

「おーい、栗宮ぁー」

 後ろから声が掛かった。
 振り返れば、渡瀬礼治わたせれいじ。確か双子の姉が同学年の隣のクラスにいたはずだ。
 そんな情報を知っていると、僕と礼治が仲がいいように思われるかもしれない。
 でも特別仲がいい訳じゃない、と僕は思っている。なのに礼治はいつも僕に纏わり付いてくるのだ。
 邪剣にもしないから多分、相手は友達か何かだと思っているだろう。
 他人に興味がないからそう言うことにも、別段なんとも思わないのだけれど。

「なに」
「素っ気ねー。……何見てたんだよ、って聞こうと思ってさ」

 そうして僕の視線の先にいる彼女を見て、

「あ、鈴村玲奈」

 彼女の名前らしきものを呟いた。

「知ってるの」
「ああ、姉貴の友達。オレも結構仲いいんだぜ?」

 ふぅん、とだけ返しておく。
 鈴村玲奈、と頭の中で彼女の名前を繰り返す。多分またすぐ忘れるだろう。
 そう思いながらまだ暫く見ていると、球拾いが終わったのか野球部員達が散り始めた。
 ちゃんと仕事をしていた野球部員が、ぺこり、と彼女にお辞儀をするのが見えた。
 そして、それに笑顔で返す(多分「気にしないで」と言っているのだろう)彼女。
 ちゃんと見えた訳じゃあないのに、彼女の笑顔が見えた気がした。

(あ、れ…………?)

 それがとても焼き付いて、見えた。

「おい、栗宮? いつも以上にぼーっとしてどした?」
「……なんでもないよ」
「そか?」

 首を傾げる礼治にそう返しつつ、僕は帰っていく彼女の後ろ姿を見送った。










 それから一週間後の委員会活動の時。
 僕は彼女と初めて同じ委員会だったことを知り、隣に座り、言葉を交わした。
 大事な決算報告書の計算ミスをする直前に(大変そうだなとお節介の血が騒いだのか)指摘してくれた。

「ありがとう」

 そう言えば、あの時焼き付いたのと同じ(あの時は遠かったけど、他人に向けられたものだけど)柔らかな笑顔を浮かべて、

「気にしないで」

 あの時と同じ(勝手に僕が思っていただけだけど)言葉を紡いだ。
 瞬間、綺麗に笑う少女だと思った。
 そして唐突に気付く。
 僕はもうとっくに彼女の笑顔に囚われていたのだ、と。
 あの日彼女を見掛けた時から。
 あの日彼女から視線を逸らせなかった時から。
 自覚したら、顔が紅くなりそうだったけど、ポーカーフェイスで(よく上手すぎて鉄仮面と言われる)乗り切った。
 さあ、これからどうやって彼女を振り向かせようか。










 そしてこの約半年後。
 僕は彼女から電話を貰った。






後書き
甘ーい話が書きたくて書いた話その2。
ちなみに続きます。短くてごめんなさい。
でもまあ短編ですし!(開き直ったなこいつ)